一休 真実の探求Ⅱ ~引導の神々~

霊性修行、活元瞑想行、気 エネルギー、神のヒーリング

無理なことは不要なこと

ベジタリアンを実行することになってから約一年経ちました。
制約として与えられたという面もあるため、余計なことを考えるよりもまずは可能なことを行って来ました。

一年感じながら試して、
いろいろと単純ではないことを思い、結果今としては完全なベジタリアン食はやらない方がよい段階であることが分かっています。



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師匠たちはほぼ完全なベジタリアン食ですが、
今の自分が行うものとはその中身、条件が全く異なります。

ほぼ自給自足で、とても新鮮でエネルギーの高い状態のいい食物ばかりを摂ることが可能なのが師匠たちで、
自分が今の生活で行えるのは、普通にスーパーで買う食材しかなく、自炊する時間も限度があるので実際には外食や買うことも多い。
無理なく行う、ということでもそれで限度です。それ以上は無理矢理な感じになるため違うと感じます。


そして今のエネルギーの状態です。
師匠の状態、と置かれている生活環境(エネルギーの高い山の中)くらいになれば、
食物から摂らなくても受け取れているエネルギーが沢山ありますが、
今の自分が受け取っている空間に遍在するエネルギーは格段に少ないです。

その辺で買う食材食物でベジタリアンをして心身のバランスを調えるのはやはり無理なのだとわかりました。




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心身の要求、と

状況の導き、と


これを軸にすることがもっとも正しい判断ができるということを改めて思っているところです。
頭であれこれ考えても、考えてるうちはわかりません。
意識的な努力をしても、してるうちはベストなところに納まってないです。


物事を行うには時期というものがありますが、
本当に行うべき相応しい時には、無理なくそれが可能になる状況が自然と整って来るというものです。
これは先輩たちも皆言います。


無理を感じることはその時は不要なことであり、
無理矢理は不要です。

今可能なことが、今の自分に相応しいことであるということを、
改めて思っています。



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無理を通せば道理(自然の理)が引っ込みます。



一休