一休 真実の探求Ⅱ ~引導の神々~

霊性修行、活元瞑想行、気 エネルギー、神のヒーリング

信仰の変化

秋からずっと、密教の伝法は進んでいません。
心身の状態エネルギーの状態や身辺の状況等がもう一つ安定してこないために進もうにも進めない期間が続いています。

しかし一方で、
不安定ながらも浄化は進んでおり自己の波動は上がってきています。



これもエネルギーの原理で、

波動が上がるほどにエネルギーには勢いがつきます。
例えばそれは自転車に乗っているようなもので、
速度が出るほど安定感は増して乗りやすくなります。
波動が落ちればふらふらと不安定になります。

浄化の進んでいるときは、だいたい波動も落ちて不安定になります。
いろいろな濁り淀みが浮き出て現象化しているときです。


今は、特別な行などやらずとも浄化のエネルギーは日増しに強くなり皆に注がれています。

私は縁あって今の行を行うことになってますが、あくまでも自分にその必要があったからでしょう。



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この間に、
自分の信仰の形が大きく変わってきています。

以前は「神にお願いをする」姿勢が自分のなかにありました。
神に求める、姿勢がありましたが、

それが捨て去られて行っています。

求める姿勢のなかに、以前は気づかなかった、
小さな欲や自己の弱さを認めている、のを感じるようになりました。

明らかに良くない姿勢だったので、捨てました。


今一般的に行われている信仰の形は、お陰信仰である、と言えます。

これは民間人の行いだけではなく、神社仏閣側も、そこに仕える神職僧侶も含めて、そのほとんどに神頼みの姿勢が含まれております。

この形、姿勢に大きな違和感を感じるようになりました。


より高位の神とご縁を結ぶためにも、

我神仏を拝めど、神仏を頼まず


この姿勢が自然と身に付いて来つつあるようです。

これは自分としても、大きな飛躍のようにも感じています。



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一休