一休 真実の探求Ⅱ ~引導の神々~

霊性修行、活元瞑想行、気 エネルギー、神のヒーリング

今日の日記

東京は久しぶりの雨の後で空気も少し澄んでいます。
気温も高くせっかくなので家の中の換気をよくしました。


昨日の成人式の晴れ着が着られないニュースが妙に気になっています。
今後夜逃げした会社と被害者がどうなるのか?気になります。

市でも来られなかった人のために臨時でもう一度式を開催するなどの対応が出来ないものか?と思ったりします。


ふと自分の時のことを思い出すと、
当時からそういったイベント事には全く興味がなく、すでに地元を離れ働いていたために当日も普通に仕事をしていたのを思い出します。


この歳になると若い子よりも親目線になってくるので、巻き込まれた女の子と親御さんは本当に可哀想だなと思います。
男の子にとってはたいしたことでもないですが、やはり女の子には一大イベントでしょう。
今後の対応でせめてもの対処が為されることを願います。



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大人になれば、それまで与えてもらう、庇護してもらう、世話をやいてもらう立場にいたものが、立場がだんだんと逆転して行きます。

庇護を受けているうちは好きなことも勝手なことも言っていられますが、立場が変わるとどんどんそれも出来なくなります。
自分の尻は自分で拭って、人の尻まで拭わなければいけなくなるから余裕もなくなります。


自分ではまだまだ若い気分でも、気づいたらいつの間にか大人の責任が課されている、ものです。
なかには若いうちから成熟している人もいますが、自分の感覚的な年齢と実際の年齢とにはえてして開きがあるようです。



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魂の成熟、という霊性修行においても大事なことは同じで、
今の自分が受けている庇護から一つずつ自立して離れて行くことで本当の心の自由は得られて行きます。


人には独立の要求というものがあります。
自立の階段を一歩ずつ上ってその要求を充たしてゆくことで、魂の要求も見えてくるというものです。
母性父性が育てば庇護することに喜びを感じるようにもなります。



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自然界の動物の中でも、人間ほど大人の庇護を受けなければ育たない種も珍しいようです。


子供のうちには多くの庇護を受けなければならず、大人になったら今度は多くの庇護を行わなければならない、という、

ここに人間という種に与えられている使命、魂の成長、成熟という重要な学びの要素があるのだと思います。



一休